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うまく言葉にできない
 今日は授業は入っていない日。

生徒は誰も来ないということで、事務仕事をぼちぼち片付けておいた。




1年前の今日。

合格発表の翌日で、前の晩はビールをたくさん飲んで酔っ払って寝て、そして遅く起きた午後だった。

その日を境に日本は明らかにフェイズを変えたと思う。

表面上では「絆」がもてはやされているが、大きく見れば日本の社会の「亀裂」が露見したように思える。

自分には何ができるだろう。

いつもいつも問いかけてきた気がする。

自分は所詮は傍観者なのか。何もできない人間なのか。

結局仕事も1日も休むことなく続けてきた。

だからなんなのだと言われればそれまでなのだ。休もうと思えば休める日なんていくらでもあったのだし。

それでも、だ。

あれから1年、大変な1年だった、などとと言える脳天気さは持ち合わせたくない。

2012年の今日が何の区切りだというのか。

僕にはよくわからない。

うまく言葉にできない。

author:おかじま, category:塾のこと・考えること, 22:20
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塾の建物のはなし
 本日は祝日のため授業は休講。

高校生は朝から自習に入れ替わり立ち替わりやってくる。1日中こもっている生徒もいる。

私は午後からやるべき作業を少しスローペースで進めているところ。

職員は休んでも自分のやるべきことは休まずやっておかなければならない。

まあ、自宅敷地内に塾があるので、365日気が休まる日はないのだが…。

自分ではそれはそれでいいとは思ってる。

なんと言っても、通勤時間はゼロ。

生活リズムが整えやすいこともメリットだろうか。





岡島学習塾は、私の自宅の敷地内の、ほんのちいさいプレハブの建物から始まった。

トイレを使うために私の自宅に生徒がやってくる。私の小学生時代、この塾はそんな感じで始まった。

いつしかプレハブ教室は2つになった。このプレハブも今はもうない。

私が中3の時に今の塾舎が建った。それからリフォームを繰り返して使用している。

生徒が休み時間に飛び跳ねて壁に穴を開けたこともあったっけ。



自宅も私が大学に上がるときに新築していて、今、高等部で使っている自習室は、古い自宅を改造して使えるようにしてある。

私が中学生の頃に使っていた机も、実は数年前まで使っていたんだよなあ。机の上で飛び跳ねてへこみがいくつかある机。



さ、もう少し仕事をして、うちに帰って、おいしいビールでも飲もうか。
author:おかじま, category:塾のこと・考えること, 19:05
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伝えていく
 実は、6、7年くらい前から昨年くらいまでは迷い続けていた。

自分の授業の中で、授業の中身以外のことを生徒に話すべきかということだ。

勉強することの意味やら、世の中の見方やら、ある種の人生観やら、いわゆるひとつのモチベーショントークといったことを、だ。

まず、語るだけの資格が自分にあるのかどうかということだ。

世の中のすべてがわかっているわけでもあるまいし、生徒を相手に偉そうに話すだけの資格が自分にあるのか、ある日突然思い当たってしまったのだ。

未熟な自分が伝えられることなどあるのかとも思った。

また、授業だけで生徒を引っ張っていけないようでは、あまりに中途半端ではないかと考えてもいた。

それでここ数年は、授業の中身以外のことを話すのはごくごく最小限にとどめていた。




しかし、昨年くらいからは、授業の中身以外のことを話す時間を意識的に増やしている。

やはり、話さなければ伝わらないのだ。当たり前だが。

語るだけの資格?あってもなくてもかまわないじゃないかと思うようになった。

図々しくなったともいう。

世の中のすべてをわかっている人間なんているわけはないのだ。

何かの縁があって、よその塾ではなく、岡島学習塾にやってきたのだ。

ならば、私が私として生徒に伝えていかなければ何の意味もないのではないか。

私はまだまだ未熟な人間だ。

今までも、これからも、様々な失敗を繰り返すだろう。

それでも、未熟であるがゆえの発展途上のひとりの人間として、生徒の前にたつひとりの人間として、伝えられる限りを伝えていこうと最近は考えている。

もちろん、私自身は今いる場所にとどまってはいけないのだ。

自分を鍛え、磨き、深め、成長させていかなければならない。

それが最低限の私のつとめのはずと考えている。

きれいごとにはしたくないとも考えている。
author:おかじま, category:塾のこと・考えること, 23:36
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ときどき考えること
 ときどき考える。

いろいろなところで、「成績が上がる生徒」のようなかんじでいわれていることがある。

よく目にするのは…

素直な性格。
姿勢がよい。
先生の顔をよく見て話を聞いている。
ノートやメモをしっかりとっている。
宿題などを忘れずにやってくる。
あいさつがしっかりできる。

など、ほかにもあるかな、今思いつくのはこんなところだな。

でも、ときどき考えてしまう。

こんないわゆる「いい子」じゃないと勉強ってできるようにならないのだろうか。

素直じゃなくても、姿勢が良くなくても、先生の顔を見ていなくても、ノートやメモをとらなくても、宿題をやってこなくても、あいさつができなくても…

それでも勉強をしっかりやって結果を出す生徒っていていいんじゃないだろうか。

教える側の「枠」をはみ出す生徒がいてもいいんじゃないだろうか。

…。

現実的には、上記のすべてがそろわないとしても、ある程度条件が当てはまっているようじゃないと、成績を伸ばすことができないとは思う。

思うんだけど、内心待っている。

「自分にはこの宿題は必要ないのでやらない」って言う生徒。

「定期テスト対策に全力を尽くすから、この宿題は今はやらないよ」なんて言う生徒。

ノートなんてもっていやしないが自分の限界まで勉強している生徒。

あるいは、こんなにちっぽけな私という人間の想定を超えるスケールの大きな生徒。

ときどき考えるのだ。

無駄な空想だろうか。
author:おかじま, category:塾のこと・考えること, 23:04
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かくしあじ
 中3自習組は朝9時から夜11時まで勉強し続けた。

途中食事をとりに帰宅する生徒もいたから、まるまる勉強したわけではない。

ちなみに、岡島学習塾では、長時間勉強するときは、50分か40分を一コマとして考えて、一コマ勉強したら10分休憩というリズムで勉強していく。

ぶっ続けで2時間、3時間勉強し続けるのはよくないというのが私の考え。

埼玉県の入試は、国数英が50分、理社が40分の時間設定だ。

ということは、50分なり40分なりの限られた時間の中で、集中力をぐっとアップさせたり、休憩をとって切り替えるという作業をしなければならないわけだ。

だから普段の勉強時間も50分と40分の組み合わせでやっていくようにしている。

普段の勉強で2時間集中し続けても、集中のピークが勉強をはじめて1時間半後にやってくるようでは意味がないのだ。

集中のピークを試験時間中に持ってくるようなトレーニングが必要になる。

これが本番で実力を発揮できるかどうかにも関わってくると思う。

これが高校生になれば、90分一コマくらいでやり続けるトレーニングが必要だろうし、大学生になれば100分、120分くらいの時間の取りかたになるだろう。

勉強し続けるには、それなりの工夫が必要だと思う。

これからも勉強を続けていくことのできる「勉強のしかた」を身につけることも、岡島学習塾では、受験勉強の大きな意味だと考えている。

この時期になって、受験ってのは結果だけじゃないんだって言っても、当事者である受験生本人にはあまり響かないと思う。

生徒たちは、目の前の点数や合格という結果にとことんこだわって勉強するべきだ。

その一方で、教える立場にある人間は、生徒たちがそこだけで燃え尽きずに、その後もしっかりやっていけるようになる「なにか」をいわば「隠し味」のように生徒に伝えられていなければいけないと思う。
author:おかじま, category:塾のこと・考えること, 23:34
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勉強は楽しい?のか
 「勉強は楽しい」ということばが、教える側の誘い文句になってはいけないと思う。

もちろん個人個人が「勉強は楽しい」と感じて勉強に打ち込むことにはなんの異論もない。

ただ、勉強したくない生徒に向かって「勉強は楽しい」と言うときに、そうした生徒にとっては、勉強の「楽しさ」が、あたかもディズニーランドなどに行く「楽しさ」と同列になっているような気がするのだ。

また、教える側が「勉強は楽しい」と言うのは、生徒というものは、楽しいから勉強する、楽しくないから勉強しないという基準で行動するという思い込みがあるのではないか。

楽しいか楽しくないかという、快・不快によって生徒を行動させて、やがてその生徒が社会に出たときにどうなるのだろう。

快・不快だけで行動する大人、周りから見れば「まだまだ子どもだな」と思われてしまうはずだ。

教育が人を成熟させる営みならば、快・不快を超えたところで生徒を勉強に向かわせるだけの説得力を教える側が持たなくてはならない。

私は、もっともっと自分自身を鍛えなくてはならない。
author:おかじま, category:塾のこと・考えること, 23:34
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北辰も統一模試も
 先ほどの記事とはカラーが違うので別の記事にしました。

以前も書いたかもしれないが、うちの塾の中3生は、北辰テストと統一模試と2種類の模試を受ける。

なぜふたつの模試を受験するのかということについて書いておこうと思う。

北辰テストは歴史も長いし(保護者の方でも受験した記憶がある方いますよね)、受験者数も多く、豊富で細かいデータが存在する。

うちの塾に現存している一番古いデータは平成5年に北辰図書から刊行されたもの。

ちなみに埼玉県から毎年出されている入試分析のデータは、塾には昭和63年のものから残っている。

しかし問題がある。北辰テストの出題傾向は、埼玉県公立高校の出題傾向とは大きくかけ離れているのだ。

したがって北辰で偏差値が良くても、実際の入試では点が取れないという現象が起きてしまう。

こうした現象を防ぐためにも、岡島学習塾では、実際の入試をにらんでもう一つ、統一模試を毎月受けているのだ。

統一模試は、最初は全国版で、そして、埼玉県版が発行される7月からはその埼玉県版で受験する。

この埼玉県版は、実際の公立入試とそっくりの問題なので、中途半端に過去問に手をつけることなく、埼玉県の入試の形式に慣れることができる。

そうした中で、志望校の合格可能性を確認していく。この模試のデータも平成7年度から塾に残っている。

国語の作文、数学の証明、作図、英語の長いリスニング問題など、本番と同じような形式の問題を毎月練習できるのだ。

そうやってふたつ受験することで、北辰と統一模試との点の取り方のギャップなどからも、勉強の課題が見えてくる。

これはけっこう大事なことだ。ほかの塾にはない進路指導ができる。

ふたつの模試を受験する意味は大きい。


author:おかじま, category:塾のこと・考えること, 23:30
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バスの運転
 うちの塾はバス送迎をしているんだけど、基本的には各講師がハンドルを握る。

そのために私は学生時代に大型免許を取った。冬の札幌で。

ま、それはおいといて、

送迎の時間はラジオを聞いていることが多いのだけど、生徒の話す声もよく聞こえる。

最初の頃は生徒の会話に割り込んでいたんだけど、ここ数年は、生徒の会話には入らないようにしている。

そのほうが、生徒の様子がよく聞こえるし、見えてくる。

生徒の考えていること、学校での様子、家庭での様子、どういう遊び方をしているかなどが見えてくるのだ。

そして、座る位置なんかも見ていると、誰と誰が実は仲が良いとか悪いとか、気配りのできるやつだなとか、そんなこともわかってくる。

なかなか面白いんだよね。

だけど、昔は途中でみんなで自販機でジュースを買って飲んだり、コンビニによってアイスを食ったりすると喜ぶ生徒が多かったんだよね。

最近は、妙に遠慮したり、早く家に帰るほうがいいって感じの生徒が多くなってきた。

ちょっと寂しい気もする。



「送迎が売りの塾」ってうちを馬鹿にする人も昔はいて、そのときは「なにをー!」って腹を立てたんだけど、

今こうして考えてみると、送迎によって授業以外で生徒に接する時間が増えていて、それはそれでけっこう良いもんだなって思う。

時々授業時間より運転している時間のほうが長い日があるのは参るけどね。

author:おかじま, category:塾のこと・考えること, 23:16
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問い合わせから考えたこと
 ここ数日、何件か入塾や夏期講習の問い合わせをいただく。

いろいろなご家庭があるのだが、

うちの塾にはあわないだろうな、ということもある。

ちょっと例を挙げてみますね。


・「数学だけみてほしい」「英語だけでいいんです」などという要求。

 うちの塾は国数英の3科で平常授業をして、理社はオプションというかたち。

 したがって単科だけの受講は不可能。

・「個別に面倒を見てほしい」

 うちの塾は個別指導の塾ではないので、不可能。

・「欠席した場合に、補習を個別にしてほしい」

 上記と同じ理由で不可能だし、

 1週間の単位で考えても授業の空きはないのでやはり不可能。

・「えーっ、塾にも宿題があるんですか?(かなり不満な様子で)」

 うちの塾はたっぷり宿題を出しますし、

 忘れた場合はかなり厳しく生徒本人を叱ります。


うーん、ほかにもあるけれど、代表的なところはこんなところかな。

うちの塾は入塾テストなどはないが、

勉強のペースはかなり速いし(進度のことをいっているのではない)、

授業中の雰囲気はある程度厳しく保っている。

自分から勉強にまじめに取り組まないとならないから、

やる気のない生徒はいつしか去っていくような塾だ。

上記のような問い合わせの末に、入塾したとしても、

生徒本人にとってはかなり苦しく、ただつらいだけになってしまうだろう。

私としても確かに生徒の人数を増やしたいとは思う。

しかし、やみくもに生徒を集めてよしとはしない。

成績の良い悪いではなく、

生徒とお家の方たちと私たちとがお互い敬意を払い、

そして、まじめにしっかりと勉強する塾にしたい。

だからあえて問い合わせに対して、はっきりと意見を言うことも多いのだ。


 
author:おかじま, category:塾のこと・考えること, 17:37
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10 years
 今日は私の父の命日。

私の父、つまり先代の塾長は、10年前の7月6日に、この世を去った。



この10年のことを、あれやこれや、このブログに書こうと思っていた。

昨日までは。

でも、やっぱり、やめておこう。



ほんとうにひどいこともあったし、たしかにいいこともあった。

いまだに許すことのできない人もいるし、感謝してもしきれない人もいる。

そういうことだ。



ここまで岡島学習塾が盛り返すことができたのも、

いっしょにがんばってきてくれた人たちのおかげだ。

そして、生徒たちや、その生徒たちのお家の方たちのおかげだ。



あれから10年も、これから10年も。もっと先の未来も。

感謝の気持ちを忘れずに、謙虚に、誠実に。

一日一日、歩いていこうと思う。


author:おかじま, category:塾のこと・考えること, 15:31
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